創造(デザイン)の源は想像力
ジャカルタ、上海で考えたこと
この3月、幸運なことにジャカルタ、上海の2都市の建材、家具の工場を見て廻る機会に恵まれました。
どんな国でもオートメーション化された精巧な工場から、手作業の工場まで様々なレベルの工場があると思います。
ジャカルタでは、広大な敷地に数棟の建物が建ち並び、建物ごとにラインが分業化された工場を見学しました。
家具でいえば、木材をカットし、スライスし、パネルに組立て、表面材をプレスし、塗装するといったラインがシステマティックに組まれ、要所要所でコンピューター制御された機械を使い、
製品化されていきます。
ただし人件費は安いので、人の数は多いのですが。
一方、上海で視察した工場はまったくの正反対。
原始的なケースで敷地内にポンと建てられた建物はバラック風、機械類は何一つなく、数人の人たちが小さなアイロンで表面材をプレスしたり、失敗しては手で剥がしたりしていました。
聞くと価格は驚くほど安いのです。
最近自分のデザインした家具を商品化するプロジェクトに取り組んでいるため、日本のマーケット、価格、品質が大変気になります。
どこにフォーカスを合わせるかというのも大変難しい問題です。
日本人の購買意識は大変複雑になりました。
戦後の人並みな量的充足から、自分の価値観にあった質的充足へと変化し、市場は細分化し、多様化しています。
私たちはバブル崩壊も含めた長い購買経験を積んで、高価格なものは品質の高いもの、安いものは品質の低いものという構図がもはや成立しないことを知っています。
それほど、日本の品質は、レベルが高くあまり差がないので、自分がこだわるものには迷わずお金をかけますが、興味の低いものは極力安いものを買います。
他のアジアの国では先程の例のように、価格と品質が連動しているケースもありますが。
日本では、ものもデザインも溢れています。
革新的な新商品や、新しいデザインの出現の難しさも十分感じます。
今、私たちデザイナーに求められているものは「人と何かしら違うもの、他にはない何か」でしょう。
ただそれは、個性的であろうと思うことから生まれるものではなく、人の気持ちが想像できることによって、他との違いを実感することなのだと、あらためて感じた3月の旅でした。