旅するデザインマインド
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モロッコ出張
1月の初旬、現在進行中のプロジェクトの関係で、モロッコのマラケシュに出張しました。
昨年の5月にも行ったのですが、その時は3日間の滞在と短く、仕事ばかりでほとんど観光することが出来ずに帰国しました。
今回は10日間ほどの滞在だったので、観光という感じではないですが自由な時間が少しとれたので、そういう時にはあてもなく街を歩き建物を見たりカフェに入ってお茶を飲んだりスーク(市場)を見たりしました。
マラケシュは、マラケシュレッドと呼ばれる赤味を帯びた建物が多く、街全体が赤く染まった印象の街でした。
新市街と旧市街では全く趣が異なっていて、新市街は移動中の車の中から見ただけですが、高層のホテルやオフィスビルやレストランがあったりして結構近代的でした。
旧市街は世界遺産にもなっていて、赤味を帯びた左官仕上げの外壁やその表面が剥がれ落ちて下地の煉瓦が剥き出しになった建物と建物の間に、入り組んだ石畳の路地が無数に広がり、一歩足を踏み入れて佇んでいると映画の中にタイムスリップしたような感覚になりました。
今回、僕が滞在したのは旧市街のメディナの中にある小さなリヤド風の宿で、部屋数は8部屋くらいしかなく、各部屋の間取りや造りは全て異なっています。
部屋の天井と壁は、タデラクトというマラケシュ独特の左官仕上げで出来ていて、これが、色々な色や艶があって綺麗なんです。
床は、「ゼリージュ」と「ベジュマット」というモザイクタイルと素焼きのタイルで構成されていて、その上にカーペットが敷いてあります。
収納は、彫刻が施された木製の箪笥で、何とも、異国情緒溢れる空間でした。
部屋には、電話もテレビも無く、バスルームのモザイクタイル貼りのバスタブは、あまりに大きすぎて、お湯をためようとするとバスタブの底から10センチくらい溜まってくると水になってしまう、というようなところでした。
部屋の窓越しに見える中庭には円形の小さな噴水があり、そこには、毎朝薔薇の花弁がまかれ、微かな良い匂いが漂い、心が癒されます。
夕暮れ時には、火を灯した小さなキャンドルが幾つも配置される中庭に面した回廊を歩いてダイニングルームへ行き、夕食をとりました。
食後は、その隣の暖炉のあるリビングルームでお茶やお酒を飲むというような優雅さがありました。
フランス人の宿オーナーと、モロッコ人の奥さんは、とても親切で、ただ、英語が全くダメなので、お互いに紙に絵を描いたり、身振り手振りのボディーランゲージでコミュニケーションをとっていました。
英語が出来るメイドさんやボーイさんは几帳面で、サービスは良く、清潔だったので、設備のことなど気にならないとても居心地の良い宿でした。
メディナには、昔は公開処刑場だったという「ジャマ・エル・フナ(死者の集会)広場」と、その北側には、地元の人が言うところの「世界最大」のスークが広がっています。
ここには、衣食住に必要なものは何でもあります。
広場は、夕方5時を過ぎるあたりから、どこからともなく湧き出てくるように人が集まって来て、 蛇使いや、猿まわしや、火を飲み込む大道芸人たちやベルベル人が民族衣装を着て歩いていたりして、見ているだけで楽しい空間に、たくさんの屋台や露店が出ます。
スークの地図をもらったのですが、それを持っていても、自分がどこにいるのか分からなくなってしまいほとんど役に立ちませんでした。
一日中スークの中を歩いていても見きれないほどの店がありましたが、特に僕の興味を引いたのは職人のスークでした。鉄、銅や真鍮、染色、革、それぞれのマテリアルを職人たち鮮やかな手作業でモノを作っていました。
た とえば、鍋やトレーなど、銅や真鍮でモノを作る職人さんのところは、加工用の機械類は無く、新品ではない材料と、いくつかの型台と、ハンマーなどの道具 と、工具箱と、赤熱の炭床があるだけで、銅板や真鍮板を鋏で切って、型台に当てながらハンマーで叩き、繋ぎ目を真っ赤に熱した板で挟んで
一体にしていくという作業をしていました。
いかにも職人、っていう感じでかっこよかったです。
滞在していた宿から歩いて10分もかからない距離に広場があります。
広場の西に、クトゥビアの塔があります。
これは、4面がそれぞれ異なったデザインでムーア様式のミナレットと呼ばれるものです。
僕は、それを目印にして、どこへ行くにもまず広場まで行き、気に入った カフェの椅子に座り、モロッコの人が一日に何回も飲むという甘いミントティーを飲みながら、地図を見て行く方角を決め、あてのない散歩を楽しみました。
帰ってくる時にも、やはり、広場のミナレットを目指すというような感じで過ごしていました。
僕は、モロッコというと北アフリカの西の方でスペインから近い、とか、映画の「カサブランカ」や、はたまた「性転換手術」など、
とても貧困なイメージしか持っていなくてちょっと恥ずかしく思っていたのですが、実際に訪れてみて、あてのない散歩を繰り返すころで、文化的なディープさも体感し、もっと知りたくなりました。
歩くたびに、新しい発見と感動がある魅力いっぱいのところでした。